(第12回散策記)
日 時:平成16年5月2日(日)
コース: 谷中霊園→朝倉彫塑館→谷中銀座→よみせ通り→へび道→根津神社→不忍池→弁天堂→上野市場
昨日までの晴天で25℃前後の暖かい日とは打って変わり、今日は朝から曇空で肌寒く感じられる天候であった。昼ごろから薄日も差し、やや暖かさを感じるようにはなったものの、北東の風が吹き込み各人5月とは思えぬ服装である。
集合場所である柏駅はゴールデンウィークの真只中ということもあり、かなり混雑していた。集合時間の2時前からいつものメンバーが集まり始め、20名と多くの参加者となった。
2時5分柏発の普通電車に乗り込み、全員最後尾の車両に席を取り日暮里までの30分弱を隣同士で会話を楽みながら思い思いのひと時を過ごした。2時30分日暮里に到着、北口出口には鈴木さん、小島さんが合流し、総勢22名の大世帯のスタートとなった。今日のコースは谷根千(通称やねせん)の懐かしい下町をぶらリ散策という設定で日暮里駅を出発した。駅横にある階段を上るとすぐ第一目的地である谷中霊園があり、樹齢数十年と思われる銀杏や桜並木がつづき、歴史の深さを感じさせるところである。花見の頃にはこの桜並木を是非歩いて見たいと思わせるスポットだ。この霊園は明治七年に造られ、敷地面積3万坪と規模が大きく徳川慶喜公、横山大観など歴史上の署名人が多く埋葬されていると記されている。たまたま通りがかりに長谷川一夫の墓があり、「照林院澄譽演雅一道大居士」と戒名が彫られていた。一世を風靡した名優に相応しい戒名と感心しきり。
霊園を通り抜け、次の目的地である朝倉彫塑館に向う。ぶらぶらと街並みを見ながら10分ほど歩くと石塀に囲われた黒い建物がそれであった。来館者の行き来も多く、われわれも履物をスリッパに履き替えて入館した。先ず展示室に入って驚いたのはすぐ左手に大きな銅像がひと際目立ち、何処かで見た銅像と思いきや何と大隈重信像であった。
まさか朝倉彫塑館で大隈公を拝見できるとは思いも寄らなかったというのが本音である。館内の人に大学の校内にあるものと同じ像かを確認したところ、同一であるとの返答であった。あとで工藤さんから聞いた話では同じ銅像が三体あり、この館内と早大構内それに国会議事堂にそれぞれ設置され、三体ともこの建物内で造られたそうである。彫塑館は和洋折衷のバランスの取れた建物で、特に数寄屋造りの落着いた雰囲気のたたずまいに日本庭園、池にはめずらしい巨石が配置され、日本建築の素晴らしさが心を和ませてくれた。屋上にはガーデニングが施され、ここからの見晴らしは格別である。
玄関前で記念写真を撮り、次のコースへと歩を進めた。歩き出してすぐ左折すると、眼下に谷中銀座のアーケードが目に入った。直進すると夕やけだんだんの階段があり、それを下ると昔懐かしき商店街が軒狭しと並んでいる。その数六十数軒、モダンな店から昔そのままの店など子供の頃を思い出させる街並みである。東京にもこんな場所が残っていたのかと驚かされる。
谷中銀座を後に根津神社のつつじを観賞すべく下町の風情を満喫しながら目的地へと急いだ。その途中にへび道という通路があり、文字通り緩やかなS字カーブが数10m続いただろうか。この路は区の境界線となっていて、左手が台東区谷中、右手が文京区千駄木と表示されていた。20分程歩くと不忍通りに出てすぐに根津神社がある。残念ながらつつじはすでに花を落とし、紫の花が一部残った程度だった。境内にはつつじ見物を楽しもうと人通りはまだ残っており、露店の数も多くみられた。4時30分正面入口に集合することになっていたが、大部分の人が時間を持て余した様子で早めに集合し、記念写真を撮って帰路に着いた。
根津神社から上野方面に約30分程、不忍通りと平行した裏通りの戦前の家並みを見ながら南下し、不忍池の端を歩き弁天堂を経由して上野にほぼ5時に到着した。
いつもの最終目的地であるのどを潤す会場は、上野市場という小奇麗な酒場で懇親会が始まった。いつものように和気藹々と会話が弾み、今回は市主催の歩こう会や各分科会のPRなどもあって盛り上がった。6時半頃楽しいひと時を過ごしおひらきとなった。
今回の散策で感じた事は、東京にはいつも見ている近代的な景観だけでなく、下町の風情が残ったところがまだまだあるのだと実感したことであり、大事にしてほしいものだと思う。
今、東京は高層ビル建設ラッシュで新たな名所を創り出そうとしている。その反面、同じ都心の中でひっそりと昔の下町の風情をそのままに生き残っている名所がある。背中あわせに!いつの日かまたゆっくりと歩いてみたいところである。
最後になりましたが、いつもながら漆野さんはじめ世話人の皆さんのお膳立てとご配慮に感謝いたします。楽しい一日でした。
青山記