散策会

(104)代々木公園を散策(スペイン戦の勝利に酔う)

今年最後の散策会は代々木公園を散策です、今朝(12月2日)のサッカーワールドカップのスペイン戦は劇的な逆転勝利でしたね。

代々木公園は激動の変遷を経て現在の形になっています、戦前陸軍の土地が終戦で米軍の占領地になりワシントンハイツとよばれました。それが1964年第18回オリンピック時の選手村になったんです、オリンピック終了後に宿舎は取壊しされ公園になりましたが今でも一棟(オランダ選手宿舎)だけが残っています、公園の隅にあるこの建物がそうです。

今回(2020年)のオリンピックのような晴海マンション選手村と違い、1964年の選手村は大半が一戸建てだったのです。選手食堂は日本で初めて冷凍野菜が使用されたり、選手の味付け(アスリート用に濃いめに調整)に苦労したり話題は尽きませんでした、写真の後方細長い建物が選手食堂です。(蛇足ですが当時私は中学2年生で学校ぐるみでサッカーの応援観戦に行きました、今回のオリンピックでは幻のボランティア活動になりました)

その昔の明治時代、代々木公園は見渡す限りそれこそ原っぱで代々木練兵場と呼ばれていました。日本で始めて動力飛行機が飛んだ場所でもありあます。この写真(模型)が1910年12月19日この地で徳川好敏大尉が操縦し3000㍍(高度70㍍)4分間も飛行したアンリ・ファルマン号です。

記念碑と徳川大尉の胸像が代々木公園の中にあります。

紅葉はこんな感じでした。

公園内にあるこの黒松は「閲兵式の松」とよばれ明治天皇がこの松の傍らで閲兵式に臨まれたそうです、高さは12メートルもあるそうです

帰りがけ橋をわたりましたが、これが単なる橋でなくその名は「ごりんばし」なんです。64年のオリンピックの時選手村と代々木体育館の間に新しい道路ができ、その道路と交差する線路を跨ぐためにできた橋なんです。(下段の写真が橋の全景で手前が原宿駅になります)