散策会

(89)第4回散策会は祝賀パレードコース沿いを散策

9月27日(金)まだ暑さはありますが散策には絶好の天気であり、青山一丁目の交番前から散策をスタートしました、今回の散策は10月22日に行わる『祝賀御列の儀』つまり皇居から赤坂御所までセンチュリーのオープンカーで行われる天皇祝賀パレードコース沿いを散策しました。(歩きやすさを考慮し赤坂御所から皇居まで散策をしました)

上記写真の道路反対側に見えて来たのは「高橋是清翁記念公園」です、建物(自宅)は小金井市の江戸東京たてもの園に移築されており現存していませんが、今でも庭は残り綺麗に整備された公園になっています。写真では分かりませんが右隣りがカナダ大使館でして昨日のラグビーワールドカップ2019でイタリアに48対7で完敗したのでどこか寂しげにみえました。

続いて見えて来たのは秋篠宮邸の正門(巽門)です、地図でご確認ください。

巽門と道路を挟んだ正面にある豊川稲荷東京別院にお参りに行きました、赤坂は昔から芸事で有名な街でありその関係で芸能人の赤提灯が沢山飾られています。

写真奥の方に、笠井の名前の赤提灯もありましたが、我が家とは関係がありません。(笑)

豊川稲荷をでて坂を下り切った所が赤坂ですがここには釣り堀(弁慶橋フィッシングクラブ)がありその眼前には旧赤プリの後に建てられた東京ガーデンパレス紀尾井町がそそり立ち一同ビックリです。そこを右折したすぐの所にあるのが赤坂見附です、江戸時代の石垣がまだ残っています。

右手に参議院議長公邸を見ながら坂を上り平河町の横断歩道を渡り右折し自民党本部前を通過(怪しまれそうなので写真撮影はしませんでした)するとやがて国会議事堂が見えてきます。

どなたからか国会議事堂中央塔(吹抜けの高さは32.6m)の中央広間に大隈重信侯の銅像があるとの話がでてきました、銅像は三体(板垣退助、伊藤博文そして大隈重信)ですが台座は四つありこの差の意味は話すと長くなるので省略します。

国立国会図書館を左手にみて憲政記念館に突き当たり、右に曲がりしばらく行くと国会前北公園があり公園の中に日本の水準原点(海抜24.5メートル)を収める標庫があります。因みにこの標庫は明治24年5月にできたものです。

この公園は江戸時代には彦根藩井伊家の上屋敷だった所です、彦根藩の中屋敷は現在のホテルニューオータニであり、下屋敷(下屋敷は当時別荘的な意味合いがあり立派な庭があるのが普通です)はなんと早稲田大学大隈庭園なんです。(大隈重信侯が買い取り別邸として利用するつもりでした?色々な事情があり、その後まわりの土地を買い増しそこに東京専門学校が開校しました)

公園を下るとすぐ桜田壕がみえ彦根藩上屋敷と桜田門は非常に近かったと実感します。皮肉にも警視庁(桜田門の前にあります)の前で井伊直弼大老は安政7年(1860年)3月3日、朝から雪降る中、ひな祭りの祝いの為に9時ごろ出立し、30分後には帰らぬ人となってしまったのです。

彦根藩江戸上屋敷は広重の筆「江戸勝景桜田外の図」によりこのように描かれています。(東京とりっぷより転載)よく見ると赤門と書いてありますが、赤門は将軍家からお嫁さんを貰った大名だけに許されるものだそうです。井伊家は格式が高い!

地下鉄桜田門の入口には海抜6.8メートルの標識があり、彦根藩上屋敷赤門から事件現場までは結構な落差があり雪降るなかゆっくりと歩いていたのだろうと想像されます。そこへ突然直訴の侍が飛び出し行列は停止し直後銃声を合図に事件が始まります!詳しくはお近くのレンタル店でビデオを借りてご覧ください

写真は映画(桜田門外の変)公開ロケ、ORICON DDincより転載

桜田門で記念撮影をして第4回散策会も完走となりました、今回は散策だけではなく江戸時代と早稲田の歴史も勉強できました。10月のパレードの時はまた見る目が違う事でしょう!

追記:10月7日にパレード用オープンカー仕様のセンチュリーロイヤルが公開されましたので散策記に写真を追加いたしました。

雨天の場合はこのタイプの御料車センチュリーロイヤルになるのでしょうか。

散策会世話役 笠井敏晴  (1972年  教育学部卒)