散策会

第72回 手児奈ゆかりの弘法寺・手児奈霊神堂とじゅん菜池緑地散策

(2015年10月3日)

参加メンバー10名,JR市川駅に13時50分頃到着。

市川駅から3分ほど歩き国道を横断し、左折するとすぐに、弘法寺と彫られた石柱があり旧参道に入る。旧参道を10分ほど歩き、京成電鉄の線路を超えると弘法寺の山門への石段が聳えるように見えてくる。
弘法寺の近くに小さな朱塗りの橋があり、万葉集に詠われた「真間の継橋」についての説明と万葉歌2首が記載されていた。また奥の万葉歌碑には高橋蟲麻呂の「足の音せず 行かむ駒もが 葛飾の 真間の継橋 やまず通はむ」が刻まれていた。
弘法寺山門の急な石段を上る。石段では高校生と思われる学生十数名がトレーニングのために駆け上っていたが、我々はそれぞれのペースで山門に到着。トレーニング中の学生に依頼し集合写真を撮る。

弘法寺境内は広く「樹齢400年の枝垂れ桜」があり、満開時にはさぞかしと思わせるものであった。また境内には俳句を投稿する箱も設置されていた。
弘法寺の本堂等の伽藍は最近の建築物のようで、古寺の厳かさは感じられなかった。弘法寺の南、石段を下ったすぐ左手に手児奈霊神堂がある。
霊神堂への参道の入口に、手児奈の悲劇の理由や「山部赤人」高橋蟲麻呂」の歌を記した説明板があった。
短い参道の左右に手児奈霊神堂の幟があり、堂には参拝の鈴と賽銭箱が」置かれていた。また境内には「勝鹿の真間の手兒名が奥津城を」と手児奈を詠たった石碑もあった。霊神堂のすぐ近くの日蓮宗亀井院の裏庭に、手児奈が水を汲んだと伝わる「真間の井」があり、見学
亀井院を出て15分程歩き「郭沫若念館」に到着。

「郭沫若念館」の見学者は我々一行のみ。玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。館長から次の様な説明を受ける。
①郭沫若は文学者、歴史学者、政治家であった。
②記念館は郭沫若が昭和3年から10年間市川で亡命生活を送った旧宅を移築復元したもの。
③中華人民共和国の幹部として日中友好に尽力したこと。
④日中友好条約が締結されたのは死の没後2か月後であったと等。
記念館を見学後「じゅん菜緑地公園」に向かう。道は、狭く途中から一方通行になる。15分近く歩き到着。

じゅん菜池緑地公園は、昔はじゅん菜が多く取れた沼でありあったことから名づけられたとのこと。公園は細長い公園で、池の周りを遊歩道が囲んでいる。
池は大きくわけて3つに分かれ、大半は普通の池となっている。池の奥の方に、水生植物が2区画に植えられていた。その1区画にじゅん菜が育てられていた。我々一行は公園を20分程度で一周。
じゅん菜池緑地公園を出て交番の前の急な坂道を上り、一方通行の道に入りしばらく行くと、松戸街道に出た。里見公園まで340mの標識があり右折。
里見公園は国府台城址に造られた公園で城址や多くの遺構があるとのこと。時間の関係もあり公園入口から端を歩き「ばら園」と北原白秋の旧居を移築した「紫烟草舎」を横目に見て弘法大師ゆかりの「羅漢の井」の横にでる。

「羅漢の井」からすぐに江戸川に沿った散歩道がある。川面を眺めながら約15分歩き京成電鉄の国府台駅に16時頃到着。解散
市川の駅を出てから郭沫若記念館で見学した10分程度を除き一切休憩なしで2時間を歩いたことになった。
歩数は人によって異なるが、歩数計の表示は14000~17000であった。

山本 正紀 (1964年 商学部卒)