散策会

(115) 日光街道最初の宿場町 千住を散策

5月9日(金)、日光街道最初の宿場町千住を訪ねてみたいと思い6名(高橋さん、小西さん、三木さん、秋田谷さん、松井さん、勝井さん、笠井)が北千駅で下車しました。

マルイのあるビル(千住ミルディス)の10階にある足立区役所千住区民事務所に千住宿のジオラマ(宿場の実距離は南北2800m東西300mですがその10%の長さ300mの街道を展示してありました)が下見の時にはあったのですが、今日見に行ったら先月郷土博物館が再開されてジオラマは郷土博物館のほうにタッチの差で移転してしまったそうで皆さんにお見せ出来なくてガッカリでした。

以外と知られていませんが駅前ビル(千住ミルディス)の屋上には庭園があるんです、先ずは散策の前に千住宿の現在を屋上から眺めて記念撮影です。

まず向かったのは「勝専寺」、千住の名の云われと伝わる千手観音が安置(非公開)されています。
江戸時代に日光街道が整備されるとそれに伴い「勝専寺」には徳川家の御殿が整備され、家光公が境内にあった茶屋に寄ったとも言われてます。焔魔堂には葵の紋がありは幕府と縁の深いお寺のなんですね。

それでは宿場町通りにもどり千住宿を散策しましょう。先ず目につくのは千住本陣跡の記念碑、道路を挟んで向側は明治天皇が千住宿を行幸された時のお休み所があった場所だそうです。

ココグラン、テレビでたびたび取り上げられるケーキのアウトレット店、私も下見の時に購入しましたが某ケーキ専門店のケーキ切れ端(写真の黄色袋)が450gその他2点で合計3点で630円でした。

東京三大煮込みといえば、居酒屋研究家、太田和彦さんが提唱した、月島「岸田屋」、森下「山利喜」そして北千住「大はし」ですが、4時半からの開店なんで今回はパスいたしましたが機会があれば「肉とうふ」はぜひ食べてみたい。

ココグラン、大はし、と脱線しましたが本来の千住宿散策にもどり江戸時代の古民家「横山家」、江戸時代には再生紙を取り扱う地すき紙問屋だったそうです。

槍り掛けだんごの「かどやの遣りかけだんご」、その昔日光参詣の大名行列が千住で槍を松の木に立て掛けて休憩した松があったそうでそれにちなんで「かどやの遣りかけだんご」とネーミングされました、但しその松は北千住駅の反対側に移転してしまったそうです。下見ではココグランのケーキをお土産にしましたので今日は団子がお土産です。

江戸時代から8代続く千住絵馬を扱う吉田繪馬屋です。

千住宿高札場の跡地で一休みしました、地図があるので眺めてみました、

本日散策した宿場町通りの地図です、閻魔さまの絵がある位置が勝専寺、絵馬の印は吉田家、松の絵は移転した遣り掛けの松です。

その他、今回は時間の関係で行けませんでしたが千住大橋麓には松尾芭蕉が深川から舟で出立し千住大橋に上陸して奥の細道をスタートした事を記念するの奥の細道「矢立初めの地」の碑があるそうです。

それから、千住付近は江戸時代から水運と土地に恵まれていた関係で江戸市中に葱を納めていた問屋が数多くあり、今でも全国で5軒しかない葱専門の問屋が千住にあるそうです。どぜう鍋の葱はみんな千住葱なんでしょう。

いつもは下車せずに通過してしまう北千住でしたが、ところどころに江戸が残るなかなか奥が深い宿場町でした。

散策会世話役 笠井敏晴 (1972年卒 教育学部)

追記:帰りがけに私好みの店を発見しました、豆腐、豆大福、鰻弁当と三役揃い踏みの店「三代目 茂蔵 豆腐」です、今度個人的に行ってみようと思います。