散策会

(107)👨🏻再開発前の神宮外苑を散策してきました

5月23日はあいにくの雨模様で3名での散策となりました。昔から早慶戦の日は信濃町で下車し2022年末で閉店したレストラン「うまや」 の前を通過していつも神宮球場まで直行ですが外苑には気付かなかった名所が色々あるのです。うまやの楽屋弁当も一度食べてみたかった。

知ってましたか、絵画館の池は昔プールだったそうなんです。昭和34~37年まで子供用プール(入場料10円)として営業されていましたが、夜中に飛びこむ人や騒ぐ人がいて風紀上の問題があり3年で廃止になりました。

聖徳記念絵画館前通りをふくむ明治神宮外苑の道路舗装は、ワービット工法を採用したわが国最初の工事でした(1926年竣工)。ワービット工法とは、下層に粗粒度アスファルトコンクリート(15cm)、上層に富配合のアスファルトモルタル(5cm)を敷いて、上下層を同時に転圧して仕上げる工法です。絵画館前通りには、80年前の舗装が僅かながら残っています。

昔、徳川3代将軍家光(1603~1651)が鷹狩の途中ある寺で休息していたところ、江戸城にいるはずの遊女と名づけた愛鷹が飛んで来て、現在の聖徳記念絵画館前(当時は建妙寺)の松の枝に止まったので家光は大へん喜び、この松をその鷹の名をとって「遊女の松」と名づけたと伝えられる。後の世の人々が「お鷹の松」或いは地名をとって「霞の松」とも呼んだそうです。残念ながら現在の松は植え替えられたものでありいわばレプリカです。

神宮第二球場を通過してビックリ、もう球場の解体が始まっていました。

国立競技場の隣りにある日本オリンピックミュージアムは、「みんなのオリンピックミュージアム」をコンセプトに、JOCとアスリート、来館者と共に創り上げる「日本のオリンピック・ムーブメントの発信拠点」です。

早速入場し3人で記念撮影をしました。

1964年のオリンピックの時にF86が描いた五輪の輪は多摩川からでも見えました。

1964年オリンピックのトーチです。

1964年のオリンピックユニフォームです、2020年のユニフォームはありませんでした。(笑)

2020年のゴールドメダルに表彰台、正に表彰式気分です。

オリンピックミュージアムをでて帰りの最寄駅千駄ヶ谷に向かいましたが将棋会館は千駄ヶ谷にあるのです、我々の年代からすればぜひ羽生九段には100勝めざして欲しいです。

将棋会館の隣、鳩の森神社は平安時代、慈覚(じかく)大師・円仁が関東に訪れた際、村民の懇請によって建てられたといわれています。御本殿に祀られているのは、応神天皇(おうじんてんのう)と神功皇后(じんぐうこうごう)です。

※鳩の森のいわれは『江戸名所図会』によると大昔、此の地の林の中にはめでたいことが起こる前兆の瑞雲(ずいうん)がたびたび現れ、ある日青空より白雲が降りてきたので不思議に思った村人が林の中に入っていくと、突然白鳩が数多、西に向かって飛び去った。この霊瑞(れいずい)に依り 神様が宿る小さな祠(ほこら)を営み鳩森『はとのもり』と名付けたそうです。

境内には、末社のひとつとして「富士浅間神社」があり、富士講に行けない人のために富士山を模して作られた「富士塚」が祀られています。建てられたのは江戸時代。都内で現存する富士塚では、最も古く、多くの参拝客が富士登山をしており、山頂には、浅間神社の奥宮があります。

今後秩父宮ラグビー場や神宮球場も建て替えらるそうですので今回の散策は貴重な機会だったかもしれません。既に神宮第二球場の解体工事が始まっている所からすると「新秩父宮ラグビー場」意外と早く観戦(2027年12月の早明ラグビー場がこけら落とし?)ができるかもしれません。

   

2023.5.23 笠井敏晴(1972年卒 散策会世話人)