まずまずの天気にめぐまれ散策日和です、今日(11月4日)は4名で増上寺、芝公園、田町を散策します。増上寺と言えばこの写真が箱根駅伝でよくテレビに映りますね。三解脱門(三つの煩悩、むさぼり、いかり、おろかさ、から解脱し極楽浄土にいく心をつくる門)といいます。1622年(元和8年)建立で増上寺で江戸期の面影の残す唯一の建築物だそうです。
増上寺の入り口にある増上寺三解脱門には階段があり上に登ることができるのですが普段は非公開です。しかし今年は増上寺三解脱門が開場400年の記念すべき年なんです。そこで今だけ登り内部を見学し釈迦三尊像、十六羅漢像、増上寺歴代上人像を拝むことができます。今回の企画の目玉はこれなんです。(拝観料は1,000円)
増上寺は三解脱門をくぐると中に大殿(本堂)があるのです、戦災で焼失してしまいましたが1974年(昭和49年)に再建されました。大殿の奥にはさらに徳川家将軍の墓所があります。この事は散策会の小笠原さんから頂いた本で確認しました。
さて散策開始です、増上寺三解脱門を右に曲がり直進し有名なパン屋(ル・パン・コテイディアン)を左に見て通り二天門の角を左折し御成門を見てまた左折し芝公園内を散策しました。
二天門は7代将軍家継(僅か8歳で死去)の霊廟門です、この霊廟門は現存する貴重な門であり門の裏側を直進した所(現プリンスホテル辺り)が霊廟だったそうです。最近修復工事がおこなわれたようでピカピカでした。
江戸時代、増上寺は徳川家の菩提寺でもありました。御成門、地下鉄の地名でよく知られていますが御成門は正に将軍が墓参の時だけ開門するので御成門と呼ばれていました。元は別の場所にありましたが移設され目立たない場所にありました。(下見の時は御成門を見つけるのに苦労しました)
下見の日は素晴らしい天気だったので思わずシャッターを押してしまいました。
芝公園をすぎて田町方面に向かいました、歩いて15分田町駅近くの東京港醸造は東京の水道水を使いビルの中で日本酒をつくる全て都心にこだわった会社です、今回角打ちが出来るとして最初はコースに組み込んだのですが夜6時からオープンだそうで途中通過とあいなりました。
勝・西郷会見の場所、薩摩藩蔵屋敷跡はビル(三菱自動車本社)の建て替え工事中です。田町駅近辺は薩摩藩の大きな上屋敷や蔵屋敷がありました、薩摩藩の蔵屋敷はそれこそ海岸近くにあり荷物の積み下ろしに便利だったのでしょう。
工事中のビルの脇にある小道を進むと本芝公園に突き当ります、この公園に江戸時代の古地図看板がありました、落語の「芝浜」の題材になった場所です、看板の裏は山手線と京浜東北線の線路になります。
落語のあらすじは
裏長屋に住む棒手振りの魚屋の勝五郎は、腕はいいが酒好きで怠け者。
女房 「お前さん、早く起きて河岸へ行っておくれよ。もう十日も商売休んでるじゃないか」
勝五郎 「十日も休んでたんだ。盤台がしょうがあるめえ」
女房 「ちゃんと糸底へ水を張ってあるからいつでも使えるよ」、勝五郎はしぶしぶとまだ暗い中を芝浜の魚河岸に仕入れに行く。
ところが魚河岸はまだやっていない。時の鐘の鳴るのを聞きて、
勝五郎 「かかあのやつ、時刻(とき)を間違えやがった・・・」、仕方なく浜で夜明けの風景を見ながら待っていると、革の財布が落ちているのを見つける。ずっしりと重く中には金が一ぱい入っている。
勝五郎は一目散に財布を持って長屋に帰り、女房と財布の中をを数えると小判で五十両も入っている。
喜び酒を飲み寝てしまった勝五郎は翌朝財布の事を夢と言われ、そんな夢をみるなんて情けないと酒を断ち真面目に働きます。数年が経ち使用人を抱え表に店をだせるようになり大晦日をむかえる、仕事がすべて片付いた後に女房に財布の事は夢でなかったと謝られる。奉行から返された財布をみせられ、今日は大晦日なんでお詫びに一杯どうかと言われ
勝五郎 「えっ、ほんとか、さっきからいい匂いがすると思ってたんだ。・・・じゃあ、この湯呑みについでくれ。・・・おう、お酒どの、しばらくだなあ、・・・たまらねえやどうも・・・だが、待てよ・・・」
女房 「どうしたんだい?」
勝五郎 「よそう、また夢になるといけねえ」
今年は鉄道開業150年なんでよくでてくる話ですが、明治新政府で大隈重信は近代国家になる為はまず鉄道だと言い、西郷隆盛はまず軍隊だと主張しました。最終的には岩倉具視の判断で新橋⇔横浜の鉄道が決定されたため、反対派だった西郷は薩摩藩の土地にレールを敷く事を許さなかったそうです。
困った大隈は井上勝(明治期の鉄道技術者)の助言を受入れ、薩摩藩の土地(田町付近)の目前の海を埋め立て線路を敷設しました。
本日二番目の隠れた目玉、本芝公園はそのレールの上に立つ公園なんです。
もうじき正月の箱根駅伝がやってきます。昨年はシード落ち13位で今年は予選会からの大会出場です、2023年はせめてテレビに映るくらいの位置は確保してほしいものです。
2022.115 笠井敏晴(1972卒 散策会世話役)