散策会

(101)暁のひかり(藤沢周平の世界を歩く)

6月17日は梅雨の合間の晴天で絶好の散策日和になりました、今回の参加者は6名でした。

小説の出だしは「その娘を見かけたのは、7月の初めだった」で始まる。市蔵という壺振りが賭場がお開きになり、多田薬師の裏にあるその賭場を出払い明け方の日を浴びなら濁った体内の空気を吐出し、大川の新鮮な空気を吸い込むと前方に13.14才の娘が歩いている所を目撃する。、、、、、、

新企画として小説の中の江戸(東京)を散策しました、原文は藤沢流の流麗な文章(文春文庫、暁のひかり、藤沢周平)ですが著作権(本の表紙を含め)があり冒頭部分の全文掲載は出来ませんので変わりに私の拙い筋書き説明でお許し下さい、まずはこの小説にある駒形堂の近くにある「多田薬師」裏の賭場探索から散策をスタートしたいと思います。

その前にせっかく浅草で下車したのなら散策してみたい場所があります。「浅草駒形どぜう」は博打でしこたま儲けた時、市蔵がのれんをくぐったような雰囲気が連想される店構えでドジョウで有名な店です。200年の歴史があるそうですから本当に市蔵が通ったとしてもおかしくありません。

駒形堂は628年に浅草寺のご本尊『聖観音菩薩』がここにご示現されたおり上陸されたおり祀られた草堂です、江戸時代に舟で浅草寺に来た人はここに上陸しお参りしてから浅草寺にむかったそうです。今回はここが藤沢ワールド探索の起点になるのです。江戸古地図によれば多田薬師は大川を挟み駒形堂の向う岸にあったようです。市蔵は多田薬師の塀沿いに歩いていき娘に会ったとありますから場所は特定出来そうです。
駒形堂、右側が現在の写真、左側が当時の絵です。川の向こうに描かれているのが多田薬師だそうです。

小説「暁のひかり」でも「川向うの諏訪町、駒形町の壁が朝日に染まり、、、、」とあります、当時江戸には駒形橋はありませんでしたが現在の駒形橋をわたり川むこうに多田薬師の跡を探します。橋を渡るまではドキドキしていました。

がやはり小説とは違い、あちこち探索しましたが、残念ながら多田薬師は現在葛飾区金町に引っ越しをしてしまいその痕跡はありませんでした。

市蔵は裏の世界の人間ですから多田薬師の裏の塀を大川にむかって歩いたとして、私が勝手に認定した小説「暁のひかり」冒頭部分と思う場所を撮影しました。それがここです!

護岸にある御見蔵の錦絵、原本は大英博物館にあるとは残念至極!

天気がよかったので刀剣博物館はパスして旧安田庭園を散策し、ゴールの両国にむかいました。刀剣博物館は写真のように両国公会堂(1926-2015年)の跡地に建設されています。この写真が旧安田庭園から両国公会堂を撮影したものです。刀剣博物館は両国公会堂をイメージして設計されたそうですから外壁のまるみをおびた所などよく似ていますね。

今日はあえなかったな。落胆しながら、源作は御船蔵の川端に出、両国橋の方にむかった、、、、、昔(1981年)日曜劇場で放送されてた藤沢周平の橋ものがたりの短編「思い違い」に出てくるのが両国橋です、両国は武蔵野国と下総の国を結ぶ橋として両国と呼ばれたそうです。江戸の大火で焼け出され多くの寺が大川の向こうに引っ越してきた関係で寺が多く残っているいます。

時間がありましたので両国の回向院へ、『鼠小僧次郎吉』の墓にお参りしました。明日のウルグアイ代表戦ではラグビー日本代表がウルグアイからボールをジャッカル(奪いとる)連続トライしてくれる事を祈願しました。

今日の所はこの辺で「藤沢周平の世界」散策もお開きとしますが、今後江戸を散策する第2弾で両国や深川を散策してみたいと思います。

 

2022.6.17 笠井敏晴 (1972年卒 名都借在住 散策会世話人)