散策会

(第54回)蔵の街とちぎ散策記

散策会メンバー14人(小川、嶋沢、菅原、赤堀、秋田谷、幾島、石橋、榎本、小笠原、上谷、河合、詫摩、野中、山本)は、栃木駅(東武日光線)に11時56分着の電車で到着。駅前から伸びる道を5分ほど歩き,「蔵の街散歩みち」の案内に従って右折、巴波川(うずまがわ)沿いを散策。

巴波川には無数の鯉(約10万匹とのこと)が泳いでおり、餌を投げ入れると雲集する鯉をしばし眺めた後、予約した食堂に到着。ビール等でのどを潤しながら夜の反省会代わりの昼食をとる。

昼食後、江戸時代に巴波川の水利を活かした物流の拠点であり商都として栄えた栃木の面影を残す木材回漕問屋塚田家の塚田記念館を見学。塚田家記念館はとちぎ蔵の街のパンフレットに必ず写真が掲載されている蔵(倉庫群)が連なっています。まず入口を入ると、すぐの座敷に本物かと見間違うほど良くできたロボットの老婆と本物のネコかと思う人形等が置いてあり、老婆のロボットは三味線を弾きながら都都逸を語っていました。説明にではロボットの老婆の声はテレビで放映されているアニメの「サザエさん」の母親(お舟さん)の声とのことでした。館内にはこの家に伝わる古伊万里や柿右衛門等の陶磁器類や象牙細工の置物が展示された蔵や、ハイテクロボットによる人形劇(巴波川にまつわる悲話)の上演する蔵、お囃子付の人形山車を展示する蔵などがあり見応えはあったと思います。

塚田記念館を出て川に沿って行くと左側に横山郷土館があり外観を見学。横山郷土館は文化庁登録有形文化財で、入口にガス灯があり、大きな門口の切妻造りの店舗と左右に石倉があります。向かって右側が麻問屋、左側が銀行業務をそれぞれ行っていたとのことです。正面の店舗は、入口からのぞいて見える範囲でしたが高い天井や太い梁があり、昔の格子のある帳場が見えました。左側の中をのぞくと往時の銀行の事務所を垣間見ることが出来ました。

横山郷土館に沿って左折すると大正時代の建物を残した木造洋館の栃木市役所別館があります。この建物の入り口に当時の設計図の銅板があり当時の姿を彷彿することが出来ました。ここは元々栃木県庁が置かれていたところで、周りは堀で囲まれ、巴波川との間に運河がつくられ、県庁の玄関先まで船が出入り出来る様になっていたそうです。
この堀の傍らに説明文書があり、当初栃木県庁がこの地にあったが、三島通庸が(栃木県令の時に)県庁を(強引に)宇都宮に移したと記載されています。個人的感想ですが,この文章の裏に、県庁を宇都宮に移した三島通庸に対する恨みが込められているように感じました。

市役所から大通りに向かい86歳で生涯をとじた山本有三の墓がある近龍寺で墓と墓碑を見学後山車会館で栃木の山車の展示と「とちぎ秋祭り」の映像を見学。栃木の山車は明治時代に東京から購入した等身大の静御前や天照大神、日本武尊、劉備玄徳、関羽雲長等の人形を乗せた山車を購入や作成がされたとのことです。今日では12台を市内の町内で保有し、隔年ごとの祭りに巡行しているとのことでした。このことは往時栃木がいかに栄えていたかの証左であると推測できます。
また蔵の街大通りは電信柱や電線が見当たらなく非常にすっきりしていました。これも山車の巡行関係があると同時に山車が巡行する祭りが市の行事に占める大きさを表しているのではないかと推測しました。山車会館で見学後蔵の街観光館でお土産を購入し栃木発15時47分発の電車で帰路に。
以上

山本正紀(1964年 商学部卒)