わが街流山

「わが街流山」No.10 白みりんミュージアムが令和6年度にOpen

味醂自体は戦国時代にあったそうですが、大消費地の江戸と水運で繋がっていた流山で本格生産されだしたのは江戸時代です。鰻、天つゆ、軍鶏鍋などの料理に醬油、酒とともに利用されます。特に鰻のタレに白味醂投入は革新的であり現代でも埼玉や成田のうなぎ屋に引き継がれています。

流山博物館の展示品

白味醂は流山の有名な特産品で、江戸城下の高級料亭「八百善」などでの納入実績は参勤交代で国元に戻った武士の口から噂で広まりますので堀切紋次郎の「万上」と秋元三左衛門の「天晴」の流山二大ブランドは激しい売り込み合戦をしたことでしょう。その味は江戸っ子を魅了しお酒に弱い女性には飲み物(但し今の味醂ほどあまくなかったらしい)としても重宝されました。

国会図書館所蔵の錦絵に出てくる八百善

その味醂が流山市の街おこしとして取り上げられ令和6年度には白みりんミュージアムがオープンします、約600平方メールの平屋建てでパース図は上記の通りです。

場所は平和台駅近くのキッコーマンの工場の一部を流山市が借り受け建設します。白みりんと味醂の違いなど詳しくはミュジーアムが開館したら訪問し、レポートをお届けしいたと思います。

笠井敏晴 (1972年卒 名都借在住)